Canyon Aeroad CF SLX 8 AXS の新車ブレーキがゴリゴリ鳴る問題を、トランスファー層を理解して直した話
Canyon Aeroad CF SLX 8 AXS (SRAM Force AXS HRD) を新車で買って、乗り始めた最初から ブレーキに「ゴリゴリ」という不快な音があった。前後とも。しばらく様子を見ながら 150km ほど乗ったが直らないので、本腰を入れて対処した。
最初は「アタリ出し不足かな」程度に考えていたが、調べていくとディスクブレーキの摩擦工学 (tribology) まで掘り下げる話になって、なかなか面白かった。同じ症状で悩んでる人の参考になればと思う。
関連エントリ:
- Aeroad CF SLX 8 AXS の初ライド — 初ライド時にこの症状を確認していた
- Aeroad CF SLX 8 AXS を仮組みするまで — 購入記事
X にも症状を上げていた。
結論(先に書く)
- 症状: 中程度のブレーキングのときだけゴリゴリ音、軽い/強いブレーキは正常
- やったこと:
- ローターを IPA (イソプロピルアルコール) で脱脂
- パッドを外して 400 番サンドペーパーで「∞ の字」に表面リセット
- キャリパー再センタリング
- 真面目にアタリ出しやり直し
- 結果: 完全に直った
実作業は 1 時間程度。費用は IPA 代とサンドペーパー代だけ。ショップに持っていく前に試す価値あり。
症状の詳細
最初は「ゴーリゴリ」と低周波で引っかかるような音が、ホイールを回すたびに出る感じだった。
特徴的だったのが、ブレーキの強さで音の出方が変わる こと。
| ブレーキング | 音 |
|---|---|
| ライト(軽く触れる程度) | 静か |
| ミディアム(普通の減速) | ゴリゴリ |
| ヘビー(強めの減速) | 静か |
最初はこれが手がかりとして全然ピンと来なかったが、後から考えるとこの症状こそが原因特定の決め手だった。
切り分けプロセス
仮説1: パッドの摩耗 → 違う
乗り始めの新車で、しかも最初から鳴っているので摩耗のわけがない。一応見たが残量は十分。
仮説2: キャリパーセンタリングずれ → 違う
工場出荷時の調整が甘いケースはあるが、それだと どの圧力でも擦る音 になるはず。今回は中圧域だけ。違う。
仮説3: ローターの歪み → 違う
歪みなら「シャッ、シャッ」と回転と同期したパルス音になるはず。今回は連続的なゴリゴリ。違う。
仮説4: パッドのコンタミ(油分付着) → 違う
油分による異音は普通 キーキー鳴き になる。ゴリゴリにはなりにくい。違う。
仮説5: パッド表面の部分グレーズ/不均一なアタリ → 当たり
これだ。市街地のチョイブレーキだけだと、パッドの低〜中圧域しか使われない。結果、パッド表面に 圧力ごとに違うアタリ ができてしまう。
具体的には:
- ライト圧 → パッド全体が軽く触れるだけで音は出ない
- 中圧 → 圧力で 高い箇所だけがローターに食い込む → ゴリゴリ
- 高圧 → 圧力でパッド全面が密着 → 均等接触で音が消える
このメカニズム、後述する トランスファー層 を理解すると完全に納得できる。
実作業
Step 1: ローター脱脂
ホイールつけたまま IPA をウエスに含ませて、ローター両面をゴシゴシ拭く。

新車なのに結構黒い汚れが出てびっくりした。工場の防錆油や輸送中の指紋油脂、初期走行で焼き付いたコンタミなどの混合物と思われる。
注意: ブレーキクリーナーは樹脂アタックの可能性があるので、IPA が安全。ヨドバシで 500ml 600 円程度。
使ったのは高純度 99.9% のスプレータイプ IPA。クロスに吹いて使えるので量の調整がしやすい。

IPA 500ml 【スプレータイプ】 イソプロピルアルコー...
✅【高純度IPA】主成分のイソプロピルアルコール純度は99.9%以上と高く、低純度と比較しても脱脂力・洗浄力にとても優れています。
Step 2: パッドのサンディング
パッドを外して、400 番サンドペーパーで表面リセット。耐水ペーパーの 400 番があれば十分。

MORLARCO 耐水ペーパー 400番 30枚セット 紙や...
【耐水ペーパー・中目】#400合計30枚、紙やすり背面に数字が印刷されており、数字が小さいほど粗目、大きいほど細目です
- サンドペーパーを平らな机に置く
- パッド面を下にして「∞ の字」に 20 回くらい擦る
- 表面が均一にマット仕上げになれば OK
- 光ってる部分が残っていれば追加で擦る
- パッドの角の面取りも軽く


サンディング後の表面にキラキラした粒が見えるのは、オーガニックパッド内の金属充填材(銅粉等)が露出したもので、正常。
ちなみに、Aeroad CF SLX 8 AXS の純正パッドはオーガニック(レジン)パッド。SRAM Force / Red / Rival / Apex の HRD キャリパーは OEM で「Steel-backed Organic」(品番 00.5318.025.000) が付属している。雨ライドや長い下りが多ければメタル (シンタード) パッドへの交換も選択肢になるが、街乗り中心ならオーガニック据え置きで OK。
ローターも同じく軽くサンディング(ローターは外さなくて OK、ペーパーをローターに当てて回す)して、その後 IPA で脱脂。
Step 3: キャリパーセンタリング
- マウントボルト 2 本を 1/2 回転ずつ緩める
- ブレーキレバーを強く握り続けたまま
- 対角で 5 Nm で締める(SRAM 公式仕様)
- ホイール回して擦り音チェック、ダメなら繰り返し
SRAM ロード用フラットマウントキャリパーのマウントボルトトルクは 5 Nm。以前ネットで「5-7 Nm」と見たことがあったが、公式仕様は 5 Nm。
Step 4: アタリ出し(本気バージョン)
これまでの市街地のチョイブレーキでアタリ出しが不十分だったのが根本原因なので、ここを丁寧にやり直す。
- 安全な道で 30 → 5 km/h 強めに減速 × 10 回(ロックさせない)
- 続けて 40 → 10 km/h 強め × 5 回
- 終わったらローター熱々(触れないくらい)が正解
これでパッド-ローター間のトランスファー層が均一に形成される。中圧域の音もここで消えた。
なぜ直ったのか:トランスファー層の話
ここからが個人的に「ふーん」となった部分。
ディスクブレーキの摩擦は「パッド vs ローター」ではない
教科書的にはそう書いてあるが、実態は違う。実際にはパッドとローターの間に 第三の層 (third body) ができていて、摩擦はこの層を介して起きてる。これが トランスファー層。
[パッド本体] ↓[パッド表層(変質した第三体)] ─── 摩擦中だけ流動粒子層 ───[トランスファー層(パッド材由来)] ↓[酸化鉄層(ローター表面、自然発生)] ↓[ローター本体(ステンレス)]ローター側も「金属むき出し」ではなく、ごく薄い酸化鉄層(パッシベーション層)が表面にあって、パッド材はその酸化層と化学結合する。
トランスファー層はどう作られるか
- 新品時: ミクロには「点接触」しかない。表面の山と山だけが触れてる状態
- ブレーキ時: その点接触部分だけに膨大な圧力と熱が集中(瞬間的に数百℃)
- 層の生成: パッド内のレジン(樹脂)が軟化、金属充填材と一緒にローター表面に圧着・凝着、ローター酸化層と化学結合
- 層の安定化: 繰り返しのブレーキングで膜が安定、均一になっていく
これがアタリ出しの正体。「強めに減速して熱を入れろ」と言われるのは、中温域 (150〜300℃) に持っていかないと層が形成されない から。市街地のチョイブレーキでは温度が上がりきらず、層が育たない。
良い層と悪い層
| 状態 | 構造 | 摩擦特性 |
|---|---|---|
| 良 (Adherent) | 均一・薄い・密 | 安定、静か、効きが揃う |
| 悪 (Abrasive) | ムラ・厚みバラバラ・剥離傾向 | 鳴き、ゴリゴリ、効きムラ |
| グレーズ | 過熱で樹脂がガラス化 | 効かない、表面ツルツル |
私のゴリゴリの正体
中圧域だけゴリゴリしてた理由:
- ライト: 圧力が低すぎて層を介した摩擦が薄く成立、音は出ない
- ミディアム: 層が一部しかなく、層がない部分でローター生地が直接パッド凸部とこすれる → stick-slip 現象(微小な凝着 → 剥離の繰り返し) → ゴリゴリ
- ヘビー: 圧力で全面接触が強制され、層がない部分でも瞬時に新たな転写が起きる → 均等に効く
修理作業を振り返ると:
- ローター脱脂 → 転写の下地をリセット(80% 効いた)
- パッドサンディング → パッド表面の不均一構造をリセット(15%)
- センタリング適正化 → 接触面の均等化(5%)
- 本気のアタリ出し → 新しい均一なトランスファー層を構築
油分が悪さをする物理
ついでに、なぜ油がブレーキに致命的なのか。
油は 境界潤滑膜 を作る。これがあるとパッド-ローター間で凝着が起きない(数 nm の油膜でも効く)。結果、トランスファー層が形成できない、できても剥離する。
一度油が混入すると、加熱で炭化してさらに厄介な被膜になる。
だから「ブレーキ周辺に潤滑剤 NG」というルールがある。KURE 5-56 をうっかり吹くと終わる。チェーンルブ飛散にも注意。
実用的に覚えとくべき 4 つのこと
ディスクブレーキを扱う上で、原理を踏まえた上で押さえとくべき要点:
- 摩擦面は育てるもの — 買ってすぐ最強性能ではない、アタリ出し前提
- 油は天敵 — だから脱脂が大事
- 熱を入れないと層が育たない — だからアタリ出しは中〜強ブレーキで
- 症状別の典型原因:
| 症状 | 典型原因 |
|---|---|
| キーキー(高音) | 油 or グレーズ |
| ゴリゴリ(低音引っかかり) | 層のムラ |
| 効かない | コンタミ or 摩耗 |
| ジャダー(パルス) | ローター歪み |
これだけ知ってれば、症状から原因が逆引きできて、自分でだいたい対応できる。
まとめ
ブレーキ周りの「なんとなく嫌な感じ」を放置すると気持ちよく乗れないし、自走で直せるなら一番安く済む。
特に新車でこの症状は割と起きるらしい(出荷時の防錆コーティング + ユーザーの初期アタリ出し不足の合わせ技)。Aeroad に限らず、SRAM Force / Red / Rival / Apex など 2 ピースキャリパー系で同じ手順が使える。
ディスクブレーキって、見た目はシンプルなのに中身は 熱力学+材料工学+摩擦工学+振動工学のごった煮 で、知れば知るほど面白い分野だった。学術的には Brake friction tribology、Stick-slip phenomenon、Third body theory (Godet 1984) あたりがキーワード。自動車ブレーキのほうが研究進んでて論文も多いので、興味があれば。

使った道具・材料
- IPA(イソプロピルアルコール)500ml — 約 600 円
- サンドペーパー 400 番 — 約 100 円
- T25 トルクスレンチ
- 6mm ヘックスレンチ
- トルクレンチ(5 Nm が測れるもの)
- 清潔なウエス(青いやつ)
合計 1,000 円かからない。ショップに持っていけば工賃数千円なので、自分でやれるならそのほうがいい。ただし 初回はホイールを外す前にトルクや配置を写真に撮っておく ことを強く推奨。
この記事は Canyon Aeroad CF SLX 8 AXS(SRAM Force AXS HRD)で確認した内容です。SRAM Red / Rival / Apex も同じ 2 ピースキャリパー設計なので同じ手順が使えるはず。Shimano は構造が若干違うので別ノウハウになります。