初レースでオーバーペースにならないためのラン戦略
結論:レース当日、人は必ず突っ込む
トライアスロンの初レースで、ランパートの最初から適切なペースで走れる人はほとんどいません。これは断言できます。なぜなら、レース当日は普段の練習とはまったく違う環境だからです。だからこそ「突っ込まない」と最初から強く意識しておくことが、何より大事です。
なぜ突っ込んでしまうのか。理由は3つあります。
- 沿道の応援:名前を呼ばれたり「頑張って」と声をかけられると、応えようとして無意識にペースが上がる
- 周りの選手:前後に選手がいると、抜かれると悔しいし、前の選手に追いつきたくなる。集団に引っ張られる
- アドレナリン:レースの興奮で身体が軽く感じる。「意外と走れるぞ」と思ってしまう。でもそれは実力ではなく興奮の効果
この「走れる感」を信じてペースを上げてしまうと、後半に地獄が待っています。
バイク後のランは「別人の身体」
そもそも、トライアスロンのランはバイクを漕いだ後に走ります。これが曲者です。私の感覚では、バイク後のランは身体が別人になったように感じます。最初の1kmは脚が鉛のように重く、1.5kmあたりでようやくいつもの調子に戻ってきます(詳しくはバイク後のランが別競技な件に書きました)。
つまり、走り出しの「重さ」を基準にしてはいけませんし、逆に1.5kmで身体が軽くなってきたところで調子に乗って上げすぎてもいけません。バイクで脚をすでに使っているぶん、ランは練習のときより遅くなって当たり前。この前提を持っているかどうかで、ペース配分の成否が決まります。
オーバーペースの典型的な失敗パターン
初レースでありがちなのが、次のような流れです。
T2を出て走り出すと、思ったより脚が動く。1km地点の通過タイムを見て「速すぎないか?」と一瞬思うけれど、「でも楽だし」と自分を納得させてしまう。ところが3km過ぎで急に脚が重くなり、心拍は最大近くまで上がっている。ペースを落とそうとしても、一度上がった心拍はなかなか下がらない。後半は歩きたい衝動と戦いながら、ペースはずるずる落ちていく——。
この「前半の貯金を、後半で倍以上返す」パターンが、最ももったいない走りです。最初の数キロを我慢してイーブンで通せば、トータルでは確実に速くなります。突っ込んで得した数十秒を、後半で数分単位で失うのが典型です。
暑さと湿度で後半失速した実体験
私自身、後半に大きく失速した苦い経験があります。2014年・2015年の渡良瀬の大会です。どちらも気温が高く、暑熱順化(暑さに体を慣らすこと)が十分でない状態で出てしまいました。
特にこたえたのが湿度です。トライアスロンでは体に水をかけて気化熱で体温を下げるのが定石ですが、湿度が異常に高いと、水をかけても気化せず、体熱がまったく奪われません。冷やしているつもりが冷えていない。結果、体温が上がり続けて、予想していたパフォーマンスがまったく出せずに後半でずるずると失速しました。
この経験から学んだのは、暑い大会では平常時のペース設定をそのまま持ち込んではいけないということです。気温と湿度が高い日は、最初から1段階ペースを落とし、給水と冷却をこまめに行う。それでも予定どおりにいかないのが暑熱レースだと、覚悟しておくべきでした。熱中症は本当に危険なので、暑い日は無理をしないのが鉄則です。
適切なペースの決め方
では、レースのランパートでどのくらいのペースで走ればいいのか。基準になるのは「普段の練習のEasyペース」です。
Easyペースとは、会話しながら走れるくらいの強度で、心拍で言えば最大心拍の65〜75%程度。多くのランナーにとって、キロ5分半から6分半くらいの範囲に入るはずです。
トライアスロンのランパートでは、このEasyペースからキロ30秒ほど遅い設定を基準にします。Easyペースがキロ5分半の人は、レースのランはキロ6分で入る、という具合です。
「遅すぎない?」と思うかもしれません。でもこれはバイクを漕いだ後のランです。身体は既に疲れています。練習と同じペースで走れるわけがありません。むしろ、この控えめな設定が後半のペース維持を可能にして、トータルでは速くなります。
もう一つの目安として、心拍ゾーンで管理する方法があります。ランのスタート時は心拍ゾーン2(最大心拍の70〜80%)で入って、後半にかけてゾーン3(80〜90%)まで上げていきます。心拍ゾーンで管理すると、体感に惑わされずに適切な強度を維持できます。自分の適正ペースを知るにはVDOTを使ったトレーニングも参考になります。
ネガティブスプリットという考え方
ネガティブスプリットとは、後半の方が前半より速いペース配分のことです。マラソンの世界記録もほとんどがネガティブスプリットかイーブンペースで達成されています。トライアスロンのランでも、この考え方が非常に有効です。
例えば10kmのランで、前半5kmをキロ6分、後半5kmをキロ5分半で走ると、トータルは57分30秒。逆に前半キロ5分半、後半キロ6分でもトータルは同じ57分30秒です。
でも体感は全然違います。前半抑えて後半上げると、「どんどん良くなっている」感覚があります。前の選手をどんどん抜いていけるので精神的にもポジティブです。逆に前半飛ばして後半落ちると、「もう限界だ」「まだ3kmもある」とネガティブな精神状態になります。同じタイムでも、レース体験の質がまったく違います。
個人的には、初レースでは前半をかなり控えめに入って、7km以降で「まだ余力がある」と感じたらペースを上げるくらいの配分がちょうどいいと思います。最初のレースでは完走が目標なのだから、攻めるペース配分は2回目以降でいいんです。
GPS時計を味方につける
ペースを管理するために、GPS時計は最強のツールです。最近はGarminやCOROSなど、手頃な価格のGPSウォッチがたくさんあります。GPSの精度も年々向上しています。
レースで最も役立つ機能は「ペースアラート」です。設定したペースより速くなると時計が振動やビープ音で警告してくれます。例えば上限をキロ5分45秒に設定しておけば、それより速いペースで走り出したときにすぐ気づけます。レース前日に設定を済ませておくと当日スムーズです。
トライアスロン用のGPSウォッチなら、スイム・バイク・ランを1台で計測でき、マルチスポーツモードでトランジションも自動で記録してくれます。ペースアラートや心拍ゾーン表示も備わっているので、ペース管理の心強い味方になります。

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もう一つ有効な使い方が、1kmごとのラップチェックです。ランコースのキロ表示と時計のラップを照らし合わせて、自分のペースが計画通りかどうかを確認します。ラップ管理の考え方はマラソンでもトライアスロンでも共通です。
ただし、時計を見すぎるのも良くありません。500mごとにペースを確認して一喜一憂していると、それ自体がストレスになります。1kmごと、多くても500mごとのチェックで十分です。あとは身体の感覚で走ります。
レース前にやっておくべき準備
ペース戦略を機能させるために、レース前にやっておくべきことが2つあります。
1つ目は、ブリックトレーニングの中でペースを確認しておくこと。バイクを漕いだ後にどのくらいのペースで走れるかは、練習で一度体験しておかないとわかりません。練習で「バイク後はキロ5分半が限界だった」とわかれば、レースではキロ6分に設定できます。この実体験に基づいた数値が重要です。
2つ目は、レースのコースマップを事前に確認しておくこと。坂があるのかフラットなのか、折り返しがあるのか周回なのか。コースの特徴によってペース戦略は変わります。坂がある場合は、上りでペースが落ちるのは当然なので焦らなくていいです。
なお、周回コースでは「自分が何周目か」をしっかり把握しておくことも大事です。私自身、初レースで周回数を勘違いして1周多く走ってしまった失敗があります(初レースの目標設定に書きました)。ペース配分以前に、コースを正しく把握しておくことが完走の前提です。
よくある質問
Q. ペースが分からなくなったらどうすればいい?
心拍と「会話できるかどうか」を基準にしてください。隣の人と短い会話ができるくらいなら適正、息が上がって話せないなら速すぎです。GPSが乱れても、この体感の基準があれば大きく外しません。
Q. 上り坂ではペースが落ちますが、取り返すべき?
無理に取り返さないでください。上りはペースより「一定の労力(心拍・主観強度)」を保つのが正解です。落ちたペースを下りと平坦で自然に取り返すイメージで、上りで突っ込むと後半に響きます。
Q. 暑い日のペース設定は変えるべき?
変えるべきです。高温時は同じペースでも心拍が上がり、後半の失速リスクが高まります。暑い日は最初から1段控えめに入り、給水をこまめに取ってください。タイムより完走を優先する判断が大事です。
Q. GPS時計がないと無理ですか?
なくても走れますが、あると安心感がまったく違います。ペースアラートでオーバーペースを防げるので、初レースの段階から導入する価値は十分にあります。
まとめ
- レース当日は応援、周りの選手、アドレナリンの影響で確実にオーバーペースになる。「突っ込まない」と強く意識しておくことが大前提
- バイク後のランは別人の身体。最初の1kmは重く、練習よりペースが落ちて当たり前と覚悟しておく
- 適切なペースは練習のEasyペースからキロ30秒引いた設定。ネガティブスプリット(前半抑えて後半上げる)が最適
- GPS時計のペースアラート機能を使えばオーバーペースを防げる。設定は前日に済ませておく
- 初レースでは攻める必要はない。完走して「楽しかった」と思えることが一番の成功